「将来のために相続対策をしておきたい」
そう考えている方は多いですが、認知症を発症してしまうと、相続対策が事実上できなくなることをご存じでしょうか?

この記事では、認知症と相続の関係、生前贈与・遺言の有効性、介護をした子どもへの相続の考え方、そして“確実に想いを託す”ための方法について、実例とともに詳しく解説します。

認知症と診断されたら、相続対策は基本的にできない

認知症を発症した時点で、法律上「意思能力がない」と判断される可能性があります。
意思能力がない状態で行った法律行為(たとえば遺言書の作成や生前贈与など)は、無効となり、法的効力を持ちません。

一見、調子がよい日には遺言書を書いたり契約書に署名したりすることが可能なように見えますが、これが後にトラブルの火種になります。

裁判沙汰になることも

実際にあったケースとして、認知症の母が亡くなった後に残された遺言書について、他の相続人が次のように主張することがあります。

「この遺言書が書かれたとき、母はすでに認知症と診断されていた。
無理に書かされたに違いない。これは無効だ!」

こうした主張が裁判に発展し、遺言書が無効とされるケースも存在します。特に、医師の診断書や介護施設の記録、家族の証言などの客観的な証拠があれば、その可能性は高まります。

逆に、証拠もないのに「母は認知症だったはずだ」と主張しても、裁判所に認められることは基本的にありません。

生前贈与に関しても同様です。贈与契約書に署名し、実際に送金したとしても、後になって他の相続人から

「母には贈与できる意思能力がなかった。あなたが勝手にお金を移しただけでしょ?」

と訴えられるリスクがあります。

「認知症かどうか」の線引きはどこにあるのか?

認知症とひと口に言っても、その程度はさまざまです。
医師から診断が下されるレベルもあれば、「ちょっと物忘れがひどくなったかな…」というグレーな状態もあります。

ここで疑問に思うのが、「医師の診断さえなければ、相続対策はセーフなのでは?」という点ですが、実は明確な線引きは存在しません

医師の診断がなくても、介護記録や家族の証言から「意思能力がなかった」と判断され、遺言や贈与が無効とされるケースも現実にあります。

では、どうすればいいのか?

重要なのは、「認知症かどうか」というグレーな境界線に頼るのではなく、「今、認知症ではない」ことを明確に証明しておくことです。

たとえば、遺言書を作成したり生前贈与を行ったりする前に、心療内科などで診察を受け、「意思能力に問題なし」という診断書を取得しておくことで、後々の紛争リスクを大幅に下げることができます。

診断は、実施日から1か月以内が望ましいとされています。

なお、厚生労働省の調査によると、65歳以上の約26%が、認知症またはその疑いがあるとされています。
つまり、早めに対策しておかなければ、多くの方が「気づいた時には手遅れだった」という状況に陥る可能性があるのです。

親の介護をしてきた子どもが多く相続できるとは限らない

ここでは、「認知症の親を長年介護してきた子ども」が報われない現実について解説します。

実例:母を介護してきたA子の場合

長女のA子は、認知症の母親と同居し、長年にわたり献身的に介護してきました。
妹のB子とC子は結婚後、遠方に住んでおり、母の介護に関わることはありませんでした。

母の死後、遺産分割協議が行われた際、A子は次のように主張します。

「私がずっと介護してきたのだから、たくさん相続するのは当然よ」

しかし、B子とC子はこう返します。

「法定相続分は3分の1ずつ。平等に分けるべきよ」

「介護をした子 VS 介護をしなかった子」は争いになりやすい

親の介護をした子どもが「多く相続すべきだ」と考えるのは自然なことですが、法律的にはこの主張が認められないケースがほとんどです。

寄与分とは?その現実的な運用

相続人が、被相続人の財産の維持・増加に「特別な寄与」をした場合、通常の法定相続分に加えて寄与分という加算が認められる制度があります。

寄与分が認められるための条件

東京家庭裁判所が公表しているガイドラインによると、寄与分が認められるためには、以下の要件が必要です。

  1. 親族として期待される以上の行為であること
  2. 介護に専念していたこと(通いで介護していた場合は対象外)
  3. 1年以上継続して介護していたこと
  4. 報酬を受け取っていないこと
  5. 客観的な証拠資料を提出できること(介護記録、診断書、日誌など)

このように、寄与分が認められるハードルは非常に高いのが実情です。

寄与分は「相続割合が増える制度」ではない

よくある誤解に、「寄与分が認められたら、相続割合が増える」と思っている方がいます。
しかし、実際には金額ベースで加算されるのみで、法定相続分が変わるわけではありません。

たとえば、「A子が介護したおかげで、本来プロのヘルパーに支払う費用を節約できた分=100万円」と評価されれば、その100万円がA子の寄与分として遺産に加算される、という考え方です。

期待するほどの金額が認められないケースも多く、介護の苦労が必ずしも報われるとは限らないのが現実です。

「介護をしてきた子」がとれる2つの対策

1. 遺言書の作成

もっともシンプルかつ有効なのは、被相続人が遺言書で配分を明記しておくことです。

例:

「長女のA子には遺産の60%、B子とC子にはそれぞれ20%を相続させる」

こうした遺言があれば、他の相続人も従わざるを得ず、トラブルを未然に防ぐことができます。

なお、B子とC子の**遺留分はそれぞれ6分の1(約16.7%)**ですので、各20%の相続であれば遺留分を侵害していません。

2. 生前贈与と「特別受益の持ち戻し免除」

あらかじめA子に財産を生前贈与し、同時に「この贈与分は遺産分割時に持ち戻しません」という意思表示をしておけば、A子が相続時に不利にならず、多くの財産を引き継ぐことが可能です。

ただし、この方法には以下の懸念があります。

  • 遺言書は書き換えや紛失のリスクがある
  • 介護者に「生前贈与されたことに満足し、介護放棄される」リスクがある

第3の方法|負担付死因贈与契約の活用

「遺言でも生前贈与でも不安がある」
そんな場合に検討したいのが、負担付死因贈与契約です。

負担付死因贈与契約とは?

これは、「私が亡くなるまで介護を続けてくれたら、○○円を贈与する」といった、条件付きの贈与契約です。

遺言と異なり、一方的に撤回することができないため、介護をする側・される側の両方にとって安心感があります。

成立は口頭でも可能ですが、実務上は書面(できれば公正証書)で残すのが安全です。

注意点

  • 不動産を渡す場合:相続よりも不動産取得税・登録免許税が高くなる
  • 金融資産であれば問題なし
  • 税金は贈与税ではなく相続税が適用される

生命保険の活用も有効な手段

より簡便な方法としては、「生命保険の受取人にA子を指定しておく」ことも有効です。

生命保険の受取金は相続財産ではなく受取人固有の財産と見なされるため、他の相続人との分割協議や遺留分の対象外となります。

すべての前提:「意思能力があるうちに動くこと」

ここまでさまざまな方法をご紹介してきましたが、どの方法も「本人に意思能力があること」が大前提です。

  • 遺言書
  • 生前贈与
  • 負担付死因贈与契約
  • 生命保険の契約

いずれも、認知症と診断されてからでは実行できません。

A子さんのような立場にある方が、親が認知症を発症する前に適切な対策を講じることが、介護の報われ方を左右するのです。

終わりに|介護の苦労を報いる仕組みは「準備」に尽きる

介護をしてきた子どもが報われるためには、法律的な準備を元気なうちに進めておくことが不可欠です。

相続や贈与に関して「あとでなんとかなる」と思っていると、いざという時に取り返しがつかなくなることもあります。

ご家族の信頼関係をもとに、ぜひ今のうちから話し合いと準備を始めてください。

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